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未来のミライ [映画・音楽]

アニメの話です。

私、それほどアニメは見ないのですが、「となりのトトロ」は名作だと思いました。最近は電車にも乗りませんが、勤めていた頃は電車の窓から鎮守の森などが見えた時は「きっとここにもトトロは居るのだろうなぁ」と思ったものです。宮崎駿さんの作品は好きでしたが、何度も何度も観たのは「となりのトトロ」です。

少しつらいなと思ったのは「カールじいさんの空飛ぶ家」でした。年を取ることでの悲哀を描いたアニメでした。観ているのがつらいな、でも、そうだろうな、とも。

これまでのアニメで保存しているのはこの2つです。


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映画の脚本 [映画・音楽]

2019年のアカデミー賞で脚本と作品賞をとった「グリーン・ブック」のピーター・ファレリー監督に日本の放送局が行ったインタビューが少しだけ放送されました。

監督自身が一番好きなシーンが数十秒流れましたが、主演男優ノミネートの俳優の台詞も良かったのですが、兄弟?が発した言葉「あのニガーはどうだった?」に対して「ニガーなんて言っちゃいけない」と咎める、そんなシーンだったと思います。カメラは人物を交互に映したのですけど、画面の片隅で咎められた兄弟の方の奥さん?がご主人?の手の上に手を重ねるシーンがありました。このシーンが語るものは1つ2つではないと思います。

う~む、映画というのはそこなのかぁ。


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2019年アカデミー主演男優賞ノミネート [映画・音楽]

今日は2019年2/24・・明日、日本時間2/25の朝、アカデミー賞が開催されます。

(ところで)

ラミ・マレックさんが主演男優賞にノミネートされていたのを知ったのは2019年2/23でありました。その4日前だったか、WO*OWの町山智浩さん解説の「2019年アカデミー賞」を観ていたのですが、「彼」とは気づきませんでした。(映画好きの奥さんの為にすでに録画していた番組をリモコン操作係として一緒に観ていただけ、なのでした。)

それが、2/23の夕食時の奥さんとの会話でラミ・マレックさんはエジプト系アメリカ人であること、ナイトミュージアムでエジプト王の役をした・・あれぇ??何か引っかかるぞ・・出演映画等の検索をしたら「彼」でした。



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2018年グラミー賞 [映画・音楽]

私は音楽は素人です。でも、素人でも楽しめるがグラミー賞です。

2018年のグラミー賞は(日本時間の)1/29の朝、WO*OWで5時間くらいの中継でしたが、いつも未明に起きて歩いて朝食後に少し睡眠をとる生活をしていますので、中継を観るのは少々つらい時間帯でした。仮眠の後、番組に合流したのは10:30頃でした。

「2017年はああだったね、こうだったね」と出てきましたね~。う~ん、2017年の話をされるとつらいなぁ。2017年・・去年のグラミー賞は一番最初のライブ・パフォーマンスに出てきた方が、私が(大)好きじゃない=すみません、歌手だったので、一人盛り下がって(!)以後の録画内容も全く観ませんでした。「なんであの人が世界の歌姫なのかぁ?」と一年間ぶつぶつ言っておりました。


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Don't Worry Baby(題名はパクリです。) [映画・音楽]


ジョニ・ミッチエルの曲で「Both Sides Now」という曲があります。私はジュディ・コリンズの邦名「青春の光と影」で好きだった曲でした。ジョニ・ミッチェルもジュディ・コリンズのバージョンもよろしいのですが、最近のお気に入りはスーザン・ボイルさんのバージョンです。特に、大好きだった北海道の過去に撮り溜めた写真をスライドショー的に観る時に、バックに流すととても心地が良いのです。歌詞を調べますと、う~む、私には手に負えない・・難しいのでギブアップです。

(私は何故に今になってビーチボーイズなのか、はわかりませんが、)ビーチボーイズの曲を(YouTubeで)連続で聞いていましたら何だか聞き覚えがある曲が掛かりました。デンゼル・ワシントン主演の映画「デジャブ」のラスト付近の、ストーリーではキーになる(だろう、の)曲です。カーラジオかオーディオから聞こえてくるのがこの曲だったと思い出しました。調べますと、映画の挿入曲としてリストにありました。

「Don't Worry Baby」です。


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アイ・ソー・ザ・ライト(映画) [映画・音楽]


先日、WO*OWで放映されたのを録画で観ました。ハンク・ウイリアムスのデビューから亡くなるまでを描いた映画です。私、カントリー・ミュージックは好きですけど、詳しくはありません。そんな私の理解でも彼はカントリー・ミュージック史の中でも巨人の1人だと思います。私が物心ついた頃に、ハンク・ウイリアムスの名はどこかで耳にはしていた記憶があります。何と言うのでしょうか、ヨーデルの様なあの歌い方もラジオから流れていたのを覚えてます。幼心には「きっと、この人、おじさんなのだろうなぁ」と思ってました。

今回この映画で初めて知ったのは、ハンク・ウイリアムスは1952年に29才という若さで亡くなったことでした。つまり私が2才の時に、物心がつく前に、既に亡くなっていたということになります。

23才でデビューし、6年間で36曲の(大)ヒット曲を生み、1100万枚のレコードを売り上げたとの映画の最後の方にナレーションがありました。

29才かぁ・・(恐縮ですが)徒弟制度の世界に身を置いていた私歴史で言うとあの頃かぁ・・29才はまだまだ「坊や」扱いの頃でした。


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ザ・パシフィック(HBO)・・台詞 [映画・音楽]

アメリカ軍が主の連合軍と日本軍の戦争であった太平洋戦争をアメリカ軍(海兵隊)側から描いた(テレビ?)映画です。勝った筈のアメリカ軍の兵士達も精神的にもダメージを負った・・戦争の悲惨さを描いたHBO製作のフィルムです。HBOのフィルムでは他にもバンド・オブ・ブラザーズがありました。私はWO*OWにて観ました。

この映画は2つか3つの従軍小説を原作にして作られているようです。その1つの小説はロバート・レッキー著「Helmet for my pillow」ですが、彼が戦闘の模様などを日記風に書いた宛名は育った町の近所の片想いの女性(ベラ・ケラーさん)です。

帰郷して、意を決して彼女を夕食に誘い、レストランでの会話です。その台詞がどうも難しいのです。米語ネイティブになりたーい!!と思ったのが以下の台詞です。ベラ・ケラーさんに従軍中に書いた私宛の手紙をどうして投函しなかったのかと問われた時に、彼は多分こう言っているのかな?ですが・・・何度聞いても何かを聞き落としているようで・・わからんです。(彼らは翌年=1946年に結婚します。)

But....I did't think to make it the matter to save my life....


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「コンタクト」(映画) [映画・音楽]

1997年公開だったようです。主演はジョディ・フォスターです。監督はロバート・ゼメキスです。好きな映画の一つだったので、保存版の録画はあります。(放映される度に録っていたのではないかな。)

でも、何故、ジョディ・フォスターは(割と地味な?=けれども重要な)天文学者の役で出たのだろうか、何故、ロバート・ゼメキス監督だったのだろうか、の疑問はずっとありました。既に2度のアカデミー主演女優賞を獲得していたので大女優でもあった筈ですから、オファーがあれば役を演じるのかも知れませんが、普通は映画を選ぶし選べた筈です。

ブラッド・ピットは「セブン・イヤーズ・イン・チベット」以来、中国に入出国出来ないようです。マット・デイモンの「グリーン・ゾーン」、「プロミス・ランド」のように、映画だとは言え、そこまで表現して大丈夫なのか?!(米国は)随分と懐が深い国だな、と思う映画は、ブラッド・ピットだから、マット・デイモンだから、はわかるのですけどね。あっ、ジョージ・クルーニーもね(!)

BSに、(私は普段は余り見ない)「コズミック フロント☆NEXT」という番組があります。先日「宇宙人からのメッセージ!?謎の電波に迫る」という番組が放映されました。宇宙人と書かれた番組は(出来る限りは)見ます。私は、UFOは当然飛んでいるさ、と考える人です。東京から米国西海岸まで飛行機で8時間なんて遅すぎる、20分で着かなければ、それは(誇れる)文明とは言えないのではないかと考えている人です。(リニアでは品川<->甲府が15分だとか。これは少し誇れる文明だと思います。陸海空の交通の手段では基準は15分~20分ですね。バイクと車とフェリーは別ですけど・・。)

脱線しますね。考え方にも一貫性もありません、ね。


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飢餓海峡(映画・シーン) [映画・音楽]

この映画は1965年の公開ですから、封切られて間もなくの、確か15才(中三)の時に父親に連れられて2人で見に行きました。台詞ではありません。場面です。


陽炎の中を1人の男が歩いてきます。伴淳三郎さん演じる刑事です。脱いだ上着を手にしてハンカチで汗を拭きながらです。遠くからこちらへ歩いてくる場面です。


三國連太郎さん演じる主人公が逃亡途中に青森の旅館での左幸子さん演じる娼婦とのシーンでは、中三の私は「僕はこのシーンを見てよかっちゃろか」と気にして周りの大人を見回しましたら、大人のおじさん達の目はスクリーンに釘付けでした。それほど左幸子さんの迫真の演技だったように覚えてます。(左幸子さんの「砂の女」も父親に連れられて中学生の頃行った覚えがあります。こちらの映画は、映画館を出た時に「なんか疲れたなぁ」と思ったのを覚えてます。内容はほとんど覚えていません。R15とかR12などはなかった時代です。18才未満禁止=18禁、はあったと思います。昔のとうちゃんは無敵でしたね。おう、俺が子供を連れてきたとバイ、文句あるや?みたいな。)

映画を観てから5年か6年が経った私が20才の頃(1970年頃かな)、羽田から新橋へのモノレールの4人掛対面シートの窓際に(今、思い出すとお洒落なカシミヤのコートを着て・・でも、その頃はカシミヤなんて知りもしませんからお洒落なコートを着てらっしゃると思いました。)伴淳三郎さんと思しき(失礼ながら、ほくろの位置などで)人が座りました。隣にはマネージャーか付き人かの若い人です。私は一人で乗っていて斜め前の通路側でした。

「あっ、あの陽炎の中からゆら~っと登場した伴淳三郎さんだぁ」と少し憧れの目でお顔をこっそり見た積もりだったのですが、伴淳三郎さんは2度くらい、あの黒縁メガネを通してぎろりと私を見ました。伴淳三郎さんの目には私はどう映ったのか・・単に目に入っただけだったのでしょうが、私には忘れられない実シーンの一つです。


(余談・・録っていた映画を観て場面を確認しようとしましたが、上記のシーンが出て来ません・・183分バージョンです。確かにあのシーンは50年経った今も覚えているのですが・・。)



幸福の黄色いハンカチ(映画・台詞) [映画・音楽]

後半の、夜遅くに旅館に入り3人で話すシーンがあります。健さん演じるゆうさんが自分で自分をなじるシーンでは


「どうして、おれ、こう、こんな
やくざな性分にうまれついたん(の)かなぁ
死ぬまで直らんのかなぁ俺の一生・・」
(映画「幸福の黄色いハンカチ」より)


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私は一応、日本のネイティブですから、邦画だと細部を聞き分けられる(筈な)ので、著作権との絡みがあるとして、映画から台詞を耳で聴いてここに抜き書きするのがセーフなのかアウトなのかは不明です。アウトだよのご指摘があれば引っ込めます。(洋画の場合の”台詞の引用”は、ほとんどの場合、間違っていると思いますので問題はないかと。
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一字一句は自信がありませんが、少し九州の言い回しが入っている筈です。健さんは「川筋」の血を受け継いでいる人です。(私の家内にも川筋の血が(濃く)入っております。すげぇ怖いです!一言も発せずに居合い抜きみたいに斬られます。もう10数回斬り捨ておかれ?ました。)台本通りに喋っても、少し九州の言葉の使い方になるのではないかなと思います。

私も同じような一人台詞を吐いた事が何度か=多々!、あります。「これは”血”やろか・・なんでこうなるんか・・きっとオヤジやろ・・遺伝やろ」(98%はあの話です・・?!)と、遺伝のせいにして逃げておりました.。でも、いま振り返ると、オヤジさんが悪いのではなく、単に私が悪いだけだったのに、ですね。

この映画は好きでしたので、初期の北海道の旅では、夕張、新得にもよく寄ってました。新得警察署の渥美清さん演じる係長の、自分のこの先の警察官人生を「まぁ、おれも、こんなもんじゃないのぉ」という台詞で語るシーンも好きです。ロケの警察署はどこにあったのだろうかと、想像しながら今の新得警察署近くで車を駐めて、休憩した覚えがあります。新得には美味しい蕎麦屋さんもありますし。(何でも、JR新得駅の駅蕎麦は本格的な蕎麦らしい、です。しまった!行けば良かった、です。)

最後のシーンの夕張のロケ地にも一度だけ行きましたが、遠目に見て、う~ん・・少し私のイメージと違ったので、料金も払わずに引き返しました。あっ、釧路湿原の官営?展望台も入場券売り場で引き返しました・・心情は同じでした。

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