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くじら [雑記]

私の小学校時代の給食の大好きな日は「くじらの献立」の日でした。他の日は結構苦手でした。ゴモクアンカケだったかなぁ?片栗でとろみがつけられた野菜炒めがアルマイトの食器の中で冷えて固まっておりました・・苦手だったなぁ。

家の料理で小さい頃から大好きだったのは、くじらの赤身をネギと生姜と醤油(多分)のタレに1晩つけ、(ちょうど焼き肉の要領で)焼きながら食べるものが大好きでした。これは30才代まで実家に帰る度に事前に母親にリクエストしておりました。私の中では「くじらのちりっと」、そのような名で呼んでいたように覚えてます。



20才前後の(貧しい生活をしていました。)東京の新宿西口にあった今で言う「思い出横丁」(昔の名前はとても書けませんね。)のお店では確か180円か?350円?で「鯨カツ定食」が食べられました。よく通いました。鯨のステーキ(ゲイテキ)も大好きでした。

関西エリアに住んでいた30才代中頃のある日、思い立って高速道路で6~7時間の連続運転で下関へ行き、着いてそのまま"鯨"の名が付いたお店に行った覚えがあります。友人と交代の運転で行ったと覚えてます。私はくじらの部位の詳しい名などは当時も今も知りませんが、一緒に行った友人は「オノミ」とか(私には)なんだか難しい名の注文をしておりました。

あの頃からか・・鯨の肉は出回らなくなりました。(それもあり下関へ行ったのかも知れません・・でも、覚えていないな。)

この1年は乗ってませんが、関西と九州を結ぶフェリーの食堂では、数年前まで(運が良ければ)くじらカツが供されておりました。近海の鯨か調査捕鯨の鯨の肉だったのでしょうね。私は鯨を食べた世代の最後じゃないかなぁ?

そんな私でも、「もうよろしいのではないか」と思ってます。この度の件で伝統漁法とか食文化って聞きますが、(過去に)鯨の肉を求めて500Kmの私も、以後は食べなくていいよ、と、思っています。

最近は知床のホウェール・ウォッチング、土佐沖のホウェール・ウォッチングのツアーもあるようです。(各地にある筈ですね。)鯨とはそういう付き合いで良いのかなと。例えば、鯨を食べる習慣がない若い家族が、知床の海でホウェール・ウォッチングをしている横で、別の船が鯨を追いかけ回して銛を打ち込む・・いくらなんでもそれはないとは思うのですが、何だろう?整合性がとれないや、と、思う次第です。


門司に住んでいた頃、海峡の向こうの下関はとてもハイカラに見えた街でした。そんな時代(60年以上も前)の下関には「大洋漁業」(まるは=○の中に「は」、の方が通りが良かったと覚えてます。)の本社がありました。南氷洋の捕鯨が盛んであった頃だと思います。今は、社名も組織も変わり、東京の大手町が本社だそうです。時代は変わったと思います。


(文中の「鯨」、「くじら」の使い分けに意図はありません。変換キーを押したかどうかだけです。)

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kan

私も小学校時代、給食でクジラが出ていました。
家でも食べていましたね。
オバ(白いヒレヒレ)は酢味噌でうまかったです。

オノミは 尾の身 くじらのしっぽの付け根 の一番美味しい部位です。
料亭等でよく出されます。

by kan (2019-01-10 09:34) 

さーちゃん

私は・・何だろう?ある種の学習能力の欠如なのかな?興味がない事や、あっても、「オノミ」とか「サーロイン」とか「ロース」などの名が何を表すのかを昔から覚えられない人ですなぁ。「Tボーン」はさすがにわかりますけど。
オバ(?)は少し前にはスーパーなどで時々見かけましたね。(((イルカの追い込み漁も、さ・・ニュース映像ですら見たくないのです。もういいのじゃないか、という気持ちです。)))

by さーちゃん (2019-01-11 05:23) 

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