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じいさん(私)大いに(1人で)怒る [雑記]


「戦後72年の郵便配達」という番組を台風5号の暴風雨下の九州の宿で見ました。終戦から今年で72年です。戦地で投函前のもの、あるいは投函後の検閲済みの葉書を、N*Kのディレクターが、遺族に届けに行くドキュメンタリー番組でした。

番組中、短い時間でしたが、都内某所で軍事郵便のオークションが開かれているとあり、会場の風景も映し出されました。年齢は私と一緒くらいか、少し上の、所謂、兵士の息子世代がメガネを外したり食い入るように出品された郵便物を見ておりました。

オークションは流れ作業的に「はい次の出品は幾らで・・」と流れ作業的に値が付けられて落札されておりました。ナレーションでは激戦地からの軍事郵便ほど値が付く、2万も3万もしている・・そうです。





番組を観ていた私は「こいつらは正気なのか!?」呆れ返りました。


小学生の頃から何故日本は太平洋戦争で負けたのか、を、追い続けていた私に、父親はほとんど戦争の事を喋ってくれませんでした。招集から帰還までを話してくれたのは、彼が95才を越えてからです。(息子に伝えるのを決意したのは90を過ぎてからなのかな。)でも、若い日の彼は戦争の頃の話は思い出したくない、という気持ちなのだろうなと感じ取ってました。

何故日本は朝鮮半島から更に大陸に活路を見いだそうとしたのか、満蒙開拓団の当初からの目的、戦後にフィクサーと言われた人が終戦時に中国からの最後の便(飛行機)で何を運んだのか、戦争中は声高に「鬼畜米英」と唱えていた指導層の人が戦後は米国のスパイに簡単に転向した、などを知ってしまいますと、庶民のまま招集されて激戦地で死んでいった兵士達(決して将校の事ではない)の事を思いますと、この番組で映っていたオークション会場の輩達には怒りを覚えました。


まぁ「じいさん、なんか怒ってら~」です。


絶望的な戦いを強いられた激戦地での日本の兵士達が、つかの間の休息時に書いた投函前のもの、これは戦死した日本兵が身につけていたものだった筈です。検閲印があるものは現地の機関にあったものでしょう。それらは米軍の情報収集目的で集められた後に大部分は検査後破棄されたようです。

本来は日本の公の機関が保存するか、何年掛かっても遺族へ届けるのが然るべき方法であったと私は思うのですが。

このブログを始めるに当たって、出来るなら、政治的な事は書くのはやめよう、読んでくれた人の感情を害す事は書くのをやめようと、誓いにも似た心情で始めたのですが、「オークション会場の輩達」は許せませんでした。

例えば、様々な世論調査の結果を見ていますと、私にはどうしても理解出来ない人々が13%くらい、いつも居ます。今回のオークション会場のやつらが13%なんだなと、妙に納得出来た次第です。


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